(Q1)生活保護を利用しているAさんは、精神障害のため定期的な通院治療が必要です。Aさんは精神障害者保健福祉手帳の交付も受けていますが、通院先の精神科病院へはバスで30分ほどかかります。しかし、Aさんはパニック障害のためバスに乗ることができません。このような場合、Aさんが父親(Bさん)名義の自動車を借りて通院することは認められるのでしょうか?(Q2)ケースワーカーから「他人名義の自動車を借りて通院してはならない。今後も借り続ける場合は生活保護を廃止する」と口頭で指導された場合、この指導は適切なのでしょうか?
(A1)はい、一定の条件を満たせば認められる可能性があります。 ポイントは「父親名義の車かどうか」だけではなく、Aさんの障害のため公共交通機関の利用が著しく困難で、自動車による通院が真にやむを得ないかです。
厚生労働省の生活保護の取扱いでは、障害者が通院のために自動車を必要とする場合、①定期的な通院に車を使うこと、②障害の状態から公共交通機関の利用が著しく困難であること、③送迎サービスや扶養義務者による送迎、医療機関の送迎など他の方法の活用も困難であること、④タクシー利用などと比較しても自動車通院が社会通念上妥当であること、などを総合的に確認します。
今回のケースを簡単に言い換えると、
「精神障害があり、バスなら30分で病院に行けるものの、パニック障害のため実際にはバスに乗れない。父親の車を借りて通院してもよいか?」
という質問です。
この場合、「バス路線が存在する」というだけで自動車利用が否定されるわけではありません。 通知は「公共交通機関が全くない場合」だけでなく、障害の状況によって公共交通機関の利用が著しく困難な場合も対象としています。そのため、パニック障害の症状によってバス利用が事実上困難であることが医学的・客観的に確認できれば、自動車通院を検討できるケースです。
ただし、今回少し注意が必要なのが**「父親の車を借りる」という部分です。通知上、自動車を保有して通院するケースでは、障害者本人が運転する場合のほか、専らその人の通院等のために生計同一者または常時介護者が運転する場合**などが想定されています。
したがって、父親BさんがAさんとは別世帯で、単に「父親の車を自由に借りてAさん自身が日常的に使用する」という形であれば、福祉事務所は、実質的にAさんが車を保有・管理している状態ではないか、使用目的が通院だけに限定されているか、保険関係に問題がないかなどを確認することになります。
一方、父親が必要なときにAさんを病院まで送迎してくれるという形であれば、そもそもAさん自身が自動車を保有するケースとは性質が異なります。ただし、厚労省の通知では「扶養義務者等による送迎」が利用可能かどうかも、自動車保有の必要性を判断する要素となっています。
つまりAさんの場合は、特に次の点が重要です。
- パニック障害のためバス利用が困難であることを、主治医の意見などで確認できるか
- 通院が定期的か
- 病院の送迎サービス、福祉サービス、タクシーなど他の方法では対応が難しいか
- 父親の車を誰が運転するのか
- 車の使用を通院目的に限定できるのか
- 自動車保険上、Aさんの運転が補償対象になっているか
結論として、Aさんがパニック障害のためバスを利用することが著しく困難で、定期的な精神科通院のため自動車利用が真にやむを得ないと福祉事務所が認めれば、自動車による通院自体は認められる可能性があります。 ただし、父親名義の車をAさん自身が借りて継続的に運転することまで当然に認められるわけではなく、使用実態や運転者、他の移送手段の有無などを個別に確認して判断されます。
(A2)そのケースワーカーの説明は、「口頭でそう言われたから、今後1回でも父親名義の車を借りれば直ちに生活保護を廃止できる」という意味であれば、適切とはいえません。 自動車利用の可否と、生活保護を廃止するための手続は分けて考える必要があります。
まず、自動車利用についてです。生活保護では自動車利用には制限がありますが、障害者が定期的な通院のために車を必要とし、障害の状態から公共交通機関の利用が著しく困難で、他の送迎手段も利用しにくく、自動車での通院が真にやむを得ない場合には、自動車利用を認める制度上の余地があります。前のケースのように、パニック障害によってバス利用が著しく困難なのであれば、その事情を具体的に調査せず、単に「他人名義の車だから一切使用禁止」とするのは慎重であるべきです。
一方で、「父親名義の車をAさん自身が自由に借りて運転する」という形が当然に認められるわけでもありません。厚労省通知が典型的に想定しているのは、障害者自身が保有を認められた車を運転する場合や、生計同一者・常時介護者が専ら通院等のために運転する場合です。そのため、父親の車を継続的に借りるケースについては、実質的な車の管理・使用状況、通院限定なのか、代替手段があるかなどを福祉事務所が個別に判断することになります。
そして最も重要なのが、生活保護の廃止手続です。 厚生労働省の実施要領では、生活保護法27条の指導・指示はまず口頭で行うことを原則としていますが、それで目的を達成できない場合には書面による指導指示を行います。そして、保護の変更・停止・廃止につなげる場合は、基本的に「書面による指導指示に従わなかったこと」が前提になります。
つまり、
ケースワーカー:「もう父親の車を借りないでください。借りたら生活保護を廃止します」
と口頭で言っただけで、その後車を使ったことを理由として直ちに保護廃止にする、という手続は原則として認められません。
厚労省も、生活保護法62条3項による停止・廃止について、「書面による指導指示」に従わなかった場合でなければその権限を行使してはならないと説明しています。また、廃止は生活に直結する重大な処分なので、ケースワーカー個人の判断だけではなく、ケース診断会議などによる組織的な検討が必要とされています。
さらに、書面による指導指示に違反したとしても、通常はいきなり廃止ではありません。 実施要領では、比較的軽微なら「変更」、それが適当でなければ「停止」とし、停止後も指示に従わない場合には再度書面で指導指示をしたうえで、それでも従わない場合に廃止を検討する、という段階的な取扱いが示されています。
また、実際に変更・停止・廃止を行う場合、生活保護法62条4項により、本人に弁明の機会を与えなければなりません。 福祉事務所は、処分理由や弁明の日時・場所をあらかじめ通知する必要があります。
したがって、このケースでは次のように考えるのが適切です。
①「父親名義の車だから絶対に使用禁止」と即断できるわけではない。 パニック障害の状態、公共交通機関の利用可能性、通院頻度、タクシー・送迎サービス・父親による送迎などの代替手段を調査し、自動車通院が真にやむを得ないかを判断する必要があります。
② 仮に福祉事務所が「その車の使用は認められない」と判断しても、口頭指導に違反しただけで直ちに廃止することはできません。 正式な書面による指導指示など所定の手続が必要です。
③ 廃止する場合にも、弁明の機会や段階的な処分の検討が必要です。 「次に車を借りたら即廃止」という機械的な運用は、生活保護制度上かなり問題があります。厚労省自身も、指導指示違反があっても直ちに処分を選択せず、本人の状況を十分確認して組織的に検討する必要があり、処分が著しく相当性を欠けば違法になり得ると注意喚起しています。
ですので、このケースを一言でまとめると、**「車の利用を認めるかどうかは個別判断。ただし、ケースワーカーが口頭で『次に借りたら保護廃止』と告げただけで、自動的に生活保護を廃止することはできない」**となります。
もし実際にこのような指導を受けているケースであれば、次に福祉事務所へ、**「この指導は生活保護法27条に基づく正式な指導指示なのか」「車の使用を認めない具体的な根拠は何か」「主治医の意見書を提出した場合、通院の必要性を再検討するか」**の3点を確認するのが実務的です。
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